シンクロニシティ

月刊 貴子 on 8月 13th, 2010
 

みなさま、こんにちは。今年の夏はひときわ暑いですが、お元気でお過ごしでしょうか。きょうはシンクロニシティについて書かせていただくことにします。最近はシンクロについて書かれた本がいっぱい出ていて、どうやってシンクロを起こすかなど解明されているので、自分でシンクロを起こしている人もいるかもしれませんね。私が実際にシンクロを意識し始めた頃の面白い体験について書かせていただきますが、シンクロは次から次へと人へ伝染するものであるようですので、これを読んでくださった方に同じようなシンクロが起きるかもしれません。

さて本題に入ります。
2002年の3月、いつも仕事を頑張ってくれているスタッフたちとともに私が20代の終わりから30代の始めにかけて過ごした香港に社員旅行をすることになりました。 アンビエンテ 私の人生を変えた香港
フェリーに乗って、九龍から香港島に移動したり、おいしい飲茶をしたり、時間のある限り生きるエネルギーに充ち溢れた香港を味わったわけですが、そんな中、思い出の場所、当時、精神的に苦しくなるといつも行っていたスピリチュアルなお店に出向いてみました。その後このお店は私の2件目のお店の原型になるのですが、その頃はもちろんそんなことを知る由はありませんでした。

このお店では毎月、世界中のチャネラーやタロット師、エネルギーヒーラーによるセッションを紹介しているのですが、そのとき紹介していた人は、1995年、私が当時住んでいた香港に居続けるか、日本に帰るかとても悩んでいたときに未来に対するアドバイスをしてくれたポーランド人のクリスティーナというスピリチュアルリーダーでした。一緒にいたスタッフも当時まだめずらしいチャネリングなるものを受けたいというので、早速予約をしてみました。けれどもその頃から人気者だったクリスティーナのセッションは数日前から予約は満杯になっていて、どうやら1つも予約は入らないとのことでした。私たちは翌日帰国となっていたので、今回はあきらめ、とりあえず、クリスティ―ナにあいさつだけでもしようとセッションの終わるのを待つことにして、お店の中の商品を見ていました。
と、そのとき電話が鳴り、なんとクリスティーナのセッションにキャンセルが出たのです!!すごいタイミングです。スタッフには申し訳ないのですが、ひとつだけ空いた時間に私が受けることになりました。

アンビエンテ クリスティーナ久しぶりに会ったクリスティーナに、その後日本に戻りお店を開いたこと、今こうしてスタッフとともに香港に社員旅行で来ていることをひとしきり話したあと、セッションに入りました。予め考えていた相談事というのは、この先何をやったらいいかということだったのですが、彼女の前に座り、録音機を回すと、不思議なことが起こりました。
『私のやりたい事は人の力になれるようなヒーリングやアイデアを提供するお店をすることです。それについて何かアドバイスを下さい。』
とすらすらと自分の口から出てきたのです。クリスティーナは、私を守ってくれている存在、西洋では天使と呼ぶかもしれませんが、とにかく守護霊のような存在からのメッセージを通訳してくれるのですが、それによると、私が開くであろう2件目のお店は、心の深いところからのヒーリングとか過去のトラウマを解消するような深いセッションをする場になるとのことでした。そして、実際的な問題として、場所をどこにしたらいいのかとか、どういう間取りにしたらいいかということをアドバイスしてもらいました。夢中になって相談し、1時間が終わりました。

お店を出たあと、おしゃれなカフェテラスで、南国の湿気を帯びた風に吹かれて、
スタッフに今後の方向を話したことを昨日のことのように覚えています。
そして、次の日、日本に戻り、早速、私の2件目のお店探しをすることになりました。
不動産屋さんに電話をし、予算を話し探してもらいましたが、
思うような物件は現れませんでした。
数日たった頃でしょうか。私のお店の近くのあるすてきなギャラリーの
マダムから電話があり、今のギャラリーをやめて人に貸したいのだけど、
借りてほしいということでした。
『ええ~、あんなすてきなところを私に・・・・。』
と心底驚き、同時に嬉しく思ったのですが、
バブルの時期にたっぷりとお金をかけて作られたそのビルは、
広さにおいても値段においても、そのときの私の計画からあまりにもかけ離れたものでした。
でもクリスティーナには、新しいスピリチュアルなことを仕事にするのは
私にとって使命のようなものだし、中の内装までそのときの話にでていたので、
思い切って、自分の未来を信じてみることにしました。
こうして物件はいとも簡単に決まっていきました。
私のやりたいことは人を癒すというよりもどちらかというと
自分で自分の問題を解決したり、思い通りの人生を送るのに必要な
インスピレーションを呼び起こす場にしたかったので、
店名はイタリア後でISPIRARE(英語のインスパイア、日本語では鼓舞する)にしました。
そして、開店する日取りは、手帳を開き、内装工事に無理のなさそうな6月11日と決めました。
そして、人々にインスピレーションを感じてもらうためには私自身、
インスピレーションを起こし、それを信じて行動を起こす人にならなければと思い、
ある実験に乗り出すことにしました。その実験というのは・・・・・。

香港に社員旅行に行く前の年の暮れ、私はある占星術の本に出会いました。
その本によると、人生は生まれた日の天体に大いに影響を受けるけれども、
住む場所を変えたり、移動することによって、行った先のエネルギーを帯びて、
人生は変わっていくとのことでした。
仕事で成功したかったら、仕事に影響を与えるエネルギーを持つ
惑星(これは木星です)のライン上へ移動し、恋愛を成功させたかったら、
恋愛にいい影響を与える惑星(これは金星です)のあるライン上へ
移動すればいいと書いてありました。
例として、無名の俳優からカリファルニアの議員にまで成り上がった
シュワルツネガーの移動例も記してあって、その頃、
私は夢中になってその本を読んでいました。
そして、ついにその真偽を確かめるチャンスがやってきたというわけです。

アストロマップと呼ばれる世界地図に自分の生まれた時間の天体の惑星が書かれている
地図を調べてみると、私にとって仕事上の成功と愛を呼びこむ場所は北欧でした。
緯度をきっちりと調べるとそれはスウェーデンの中央部にあるところでしたが、
そのあたりは地方都市でアクセスも悪く、首都にあるような活気のある町では
なさそうだったので(でも結局、このときから7年後の去年、
この土地から人生を一緒に歩むことになる人が現れました)、
成田空港から直行便のあるデンマークの首都コペンハーゲンに行くことに決定しました。
こう書くと私は興味のあることはどんどん実行できるだけの財力があるように
思われるかもしれませんが、そんなことはなく、2件目のお店を出すにあたっては
数百万円の借り入れをしていますし、だれかが引いてくれた線路の上を走るのではなく、
未知の世界を行くような仕事になるわけですからもちろん不安もありました。
でも人にインスピレーション、直感を感じてもらうのが仕事ならば、
自分がそういう人でなければ説得性もないので、ここ一番、
お金のことより、自分のインスピレーションに従うことにしたのです。
こうやって私は5月のある日、私にとって、豊かさと愛を運んでくれる北欧に向けて旅立ちました。
そういえばこのとき、乗った飛行機で、エコノミークラスから
ビジネスクラスに格上げしてもらったので、やっぱりアストロマップはすごいなと
思いながら機内でシャンパンを飲んた記憶があります。
アンビエンテ アストロマップ

さて、デンマークについたのですが、知り合いがだれもいないコペンハーゲンで、ちょっと落ち込みもしましたが、アストロマップを信じて、町の中を歩き続けました。そして帰国が近づいたある日、コペンハーゲン郊外の小さな町でかわいいクリスタルショップを見つけました。
アンビエンテ コペンハーゲン
中に入ってみるとクリスタルやキャンドル、インセンス、CDなどが並び新しいお店の参考になるようなお店でした。美しい金髪の長い髪に、オレンジ色のセーターがすてきな女性が一人で切り盛りしていました。勇気をだして、来月私は日本でクリスタルとかパワーストーンを扱い世界中のヒーリングを紹介したり、実際にヒーラーや人生をコーチしてくれる人を紹介するお店を開こうと思っているのでお店を見せて欲しいと声をかけてみました。するとその女性は、
『まあすてき!!うまくいくといいわね。それでそのお店というのはいつ開くわけ?』と気さくに切り返してくれました。
『来月の6月11日です』と答えると今度は
『それであなたの誕生の日は?』と聞いてきたので
『29日』と答えると、
『2足す9で11。開店の日も11だから11のシンクロが起きているわね。
シンクロが起きるときって、流れに乗っているってこと。
それにその日は新月。まさに始まりにふさわしい日だわね。』
とうれしくなるようなことを言ってくれました。
偶然決めた6月11日にシンクロが起こり、しかも新月の日なんて驚きでした。
あとで聞いてみれば彼女は占星術師で本も出していて、
スピリチュアルと仕事をバランスよくこなしている女性のようでした。
日本人女性と話すのは初めてのようで私は彼女のお店の閉めるのを手伝って、
公園に出かけ、アイスクリームをおごってもらい、その頃日本で人気が
起きつつあったクリスタルについて、スピリチュアルビジネスについて教えてもらったのです。
こんなふうにインスピレーションを刺激する私の旅は終わりましたが、
もうひとつ書いておきたいことがあります。

コペンハーゲンで、スピリチュアルなことを売り物しているお店を訪ねた際に
チャネリングをやっていたので、受けてみることにしました。
そのときのことは録音していないので、全部は覚えていないのですが、
私を守ってくれている存在について話してくれました。
デンマーク人のこのチャネラーさんによれば、MU-SHAという名前のネイティブインディアンが、
私をガイドしてくれているそうです。
スピリチュアルなことを扱う仕事をしようと思った際に私が気をつけようと思ったのは、
目にみえない世界にどっぶりと浸かるのではなく、どちらかと言えば、
ちょっと冷めた目を持っていようということでした。
ですので、このときも『わぁ~面白い・・・』と感じる程度にして、
信じ混んでいたわけではないのですが、その後、3人から私をガイドしてくれているのは
ネイティブインディアンだと聞いたので、いまはそうなのかもと思っています。
1件目のお店アンビエンテでは、ハーブ、すなわち薬草を扱っていますが、
ネイティブインディアンといえば薬草を使って病気を治していたのですから、
ネイティブインディアンのガイドを持つ私が薬草に興味を持ち、
それを売るお店を開いたのは、なんとなく納得がいくような気がしています。
それから今思い出したのですが、江本勝さんの『水からの伝言』という波動について
書かれた本に出会ったのもこのお店でした。
もうだいぶ前から北欧では、目にみえないエネルギーが注目されていたのです。

アンビエンテ 当時のイスピラーレさて、ヨーロッパへの旅が終わり、日本に帰り、2件目のお店の開店の準備にとりかかりました。そんなある日ふと思い立って、開こうとしているお店の名前の字画をみてみることにしました。世間では生まれた子供の名前や、立ち上げる会社やお店の名前をつけるときに字画を調べて、いい字画の名前をつけますが、今までそんなことは考えたこともありませんでした。
イ=2、ス=2、ピ=3、ラ=2、ー=1、レー1で11。
なんと開店の日の11日、それから誕生日の29日を1の位にした数字11と同じナンバーだったのでした!!デンマークで会った彼女の言ったことを思い出しました。シンクロが起きるときには流れに同調しているときだと。
こうして新しいお店は、上記のクリスティーナのセッションから約3ヶ月後に開店に到りました。

11のシンクロについてですが、今でも続いています。スピリチュアルなことを扱うことを仕事にしてからいろいろな人に会ったり、セミナーに出たり、本を読んでわかったことはシンクロは、自ら起こせるということでしたので、数年前から11がでるときは、GOサインだとすることに決めました。ですので昨年お店を引っ越すことになったとき、物件の住所が11-1と知ったときは、迷わずそこに即決しましたし、付き合い始めた人の誕生日が1月11日だと聞けば、この人は私にとって特別な人ということになったのです。

以前はシンクロが起こると、それをただ『わぁ~おもしろ~い!!』と単純に喜んでいましたが、
最近はシンクロをうまく自分の人生に取り込もうと思っています。
だれかが成功したと聞くと、自分もその波に一緒に乗っかって、シンクロを起こし、
同じ成功体験をしようと目論んでいます。
それから悔いのない人生をつくるために、行きたいと思うところには行き、
やってみたいことがあればやってみようと思っています。
そうすることにより、人生を好きなように構築できると思うのです。

私が香港に行ったのは、香港が大好きで、旅行では飽きたらず、
どうしても住んでみたいと思ったからです。
人からは、労働許可証を取るのは大変だと言われていましたが、とにかく私は行ってしまったのです。
そして向こうで就職し、その後退職し、会社に所属せず5年も暮らしました。
香港に行ったことにより私の人生は開花し、行く前とは別人になりました。
自分の内からでてくる熱のある願望は必ず叶うのではないでしょうか。
八方塞がりの状態にいる場合でも、そこからでる手がかりをなんとか探し、
自分だけのオリジナルある人生を生きたいものです。
実は私はここのところ1ヶ月ほど、悩んでいて先に進めない日々を過ごしていました。
でも今は、その悩みも解消し、夢をいだくことができるようになりました。
最後になりましたが、上記に登場したアストロマップの愛のライン上出身の
1月11日生まれの人と人生を歩むことになりました。
11のシンクロはたくさんの幸せを運んでくれています。

シンクロは伝染すると聞きました。
人生を変えてみたいなと思っている貴方にたくさんのすてきなシンクロが起きますように祈りながら筆をおくことにしますね。
それではまた。11日、新幹線11号車にて。

月刊 貴子