魅惑のバリ島より

月刊 貴子 on 12月 9th, 2010
 

みなさま、こんにちは。
2010年の師走、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
私は今、ジュリア ロバーツ主演の映画 【食べて、祈って、恋をして】 の舞台となったバリ島のウブドという村に来ています。

アンビエンテ スウェーデンの森

こちらでは、まだ真っ暗な夜明け前の早朝4時からヨガをし、
朝一番の新鮮な空気と太陽を浴びながら瞑想をし、
3週間を過ごすことになっています。

人にはそれぞれ縁のある土地というものがあると思いますが、
私にとって、このバリ島は切ってもきれない縁でつながれています。アンビエンテ スウェーデンの森 アンビエンテ スウェーデンの森

この土地との縁は、20代の最初に始まりました。
あの頃、私は、先の見えない未来を模索し、悶々とした日々を過ごしていました。

そんなある日、新宿のあるアジアン雑貨店で、『バリ島でホリデーを楽しみながら、雑貨店で働きませんか』という小さな広告を見つけました。
その頃、就職もせずに気軽な気分でアルバイトしていた私は、即座にその広告主であるG商社に電話をし、早速荷物をまとめ、バリ島へ向かいました。

現地についてみると、事情があって、そのお店では、働けないことになったのですが、お店のオーナーが滞在費をすべて負担してくれることになり、数週間の間、毎日、海に繰り出し、青春を謳歌することになったのでした。

このすてきな体験をさせてくれた日本のG商社には、心から感謝してたくさんの思い出を抱えて日本に帰国しました。これが私の初めてのバリ滞在でした。

そして時は流れ、それから10年後、私の引っ越したマンションの隣に、このG商社があったときには、バリ島との並々ならぬ深い縁を感じたものです。

2回目のバリ滞在は、その後20代の中頃にやって来ました。旅好きが高じて、旅行会社に就職をし、1年ほどたったときに、インドネシアの影絵、ワヤンの第一人者である有名な先生から、インドネシア旅行の添乗をお願いされました。
当時私の働いていたこの旅行会社は、今は日本一と言われるほど、有名になっていますが、当時はまだまだ小さくて、旅行を企画し、添乗員の役目を果たしたのは、私が初めてのことでした。
こうやって自分の意思には関係なく、また私はバリ島の地を踏むことになりました。

そして、時は流れに流れ、30代から40代に変わる頃、またバリ島が私にアプローチをかけてきました。
2件目のお店を静岡に出した2002年、私は心苦しい夏を過ごしておりました。
一生の内には何度か大きな人生の転機があると思いますが、まさにそんなときでした。
仕事も手につかず、夜も眠れず、大変な最中、あるメールが入ってきました。
アメリカ人女性のクリスタルボールのリトリートがあるのでバリ島に来ませんかというものでした。
苦しいときにあっては渡りに船。
メールを読んで二日後にはバリ島に飛んでいました。
時はちょうど旅行シーズンたけなわのお盆にも関わらず、必要なときに天はいつでも味方をしてくれるようで、航空券は1本の電話で予約がとれ、しかもそれはマイレッジを使った無料航空券でした。

現地についてみると、いつもは世界中から何十人もの人が集まるクリスタルボールのリトリートの参加者は、なんと私一人で、先生二人に生徒一人という形で1週間、
朝から晩まで先生とともに過ごし、リトリートは進行していきました。
アンビエンテ スウェーデンの森私のためだけに奏でられるクリスタルボールの演奏を始め、バリのお坊さんによる浄化の儀式などに参加して、日本に帰ったわけですが、一連のクレンジングを終了した私は、アンビエンテのお店のスタッフによると、真っ白な存在という感じだったそうです。
事実、心が抜かれたように、ものに対して、感情がない状態になっていたのでした。
まさに浄化とはどういうことかと、身をもって体験しました。
浄化をすると人生が変わるといいますが、身体は同じでも物事に対する感じ方が変わってしまうので、人生はその後よどみなく流れやすくなるということが理解できたリトリートでした。

そのとき泊ったホテルが、今私が滞在しているホテルなのですが、その後、アシュタンガヨガというヨガを日本に普及したハラクマケンさんのヨガリトリートをバリ島で、まとめることになったときに、会場を探すこともなく、このホテルの緑の見晴らしがすばらしい場所をヨガスペースとして、すんなりと使わせてもらえることになり、あれから、毎年、このヨガリトリートは決行されることになり、今年で8年経ちました。

アンビエンテ スウェーデンの森話は前後しますが、アメリカでサトルエナジー学会という人のエネルギーを勉強する学会に行った際に、パンタ笛吹さんというスピリチュアル作家のアメリカのご自宅に
泊めてもらったことがあるのですが、そこに時を同じくして、寺島さんという方がおいでになっていて、その方こそ、前記のアメリカ人女性のクリスタルボール奏者を日本に初めて招いた方であるということを知り、バリ島をめぐっての不思議な縁続きに、ただただ驚きました。
この寺島先生という方ですが、ばりばりのビジネスマンだった頃、ガンに侵され、余命3カ月と告知されてからご自分でガンを完治した方で、アメリカの作家であり医師であるアンドリューワイル氏からも一目おかれている勇気ある方です。

バリ島を通して、ここに書ききれないほど、たくさんの奇想天外なシンクロニシティが起きましたが、とにかくこのバリ島は私にとっては縁の深い場所なのです。

アンビエンテ スウェーデンの森ジャネット・ジャクソンやカトリーヌ・ドヌーブなどの有名人を顧客に持つ、シャンカリジュエリーという、奇跡を起こすといわれるジュエリーに出会い、自分自身に奇跡が起こり、さらにその不思議を探求するために、製作者である、シャンカリ女史自身からホワイトマジックを学んだのもバリ島です。

アンビエンテ スウェーデンの森それぞれの土地にはそれぞれのエネルギーが宿っていると思いますが、私にとって、バリ島は扉のような働きをしてくれているようです。
この扉を開くと、人生の次なるステージが待っているのです。
こんな体験をするのは私だけではなく、国籍を問わず、たくさんの人々が、むせかえるような香りを放つ南国の花々、生命力あふれる緑、果物、太陽、満天に輝く星に見守られながら、人生の変容を体験しているようです。

アンビエンテ スウェーデンの森今回、日本に帰ったあと、どんなステージが用意されているのでしょうか・・・・・・。
またご報告させていただきますね。魅惑の地、バリ島より

月刊 貴子