夢の叶い方

月刊 貴子 on 5月 22nd, 2010
 

みなさま、こんにちは。
私は今、初夏のスウェーデンに来ています。こちらでは、あちこちにさくらんぼやりんごが白いかわいらしいお花を咲かせ、今まさに美しい季節が始まろうとしているところです。今日は、昼間は青空に元気な太陽があったものの、夕方には雷と激しい雨があり、めっきりと冷え込んだので、暖炉の薪に火を入れ、ジンジャーティーを飲みながらこれを書いているしだいです。

この度、ホームページのリニューアルに伴って、アンビエンテの代表わたくし、岡本貴子の思っていること、考えていること、学んだことなどをこのページにて綴らせてもらうことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

初回の今日は、私が現在の仕事にどうやってたどり着いてきたかのお話について書かせていただきますね。

私がショップ・アンビエンテを立ち上げたのは、今から約15年前に遡ります。このお店を始める前は、憧れて住み始めた香港に身をおいていました。魅惑の地、香港に約5年住んだあと、日本に帰るか、まだ香港に住み続けるか、はたまたヨーロッパへ移動しようかとさんざん悩んだのですが、結局答えがでないので、やむなく香港と日本を行ったり来たりしよう思い立ち、生まれ故郷の静岡の地にハーブとアロマテラピーのお店を開くことにしました。女性がばりばりと働く香港に住んでいた私ですが、実は日本に帰国して、私にできそうな仕事は何ひとつなく、どの仕事も敷居が高く、自信もないので、とりあえずアロマテラピーの資格があったので、故郷にてお店をやろうと思いたち、その日から半年後にお店を作ってしまいました。あの当時を振り返ってみると、計画はどんどん進み、お店を開く直前になって、急に怖くなってもう引き返せないことに唖然としたこともありました。商売のいろはも知らないくせによくやったものです。

最初は日本と香港と行ったり来たりするつもりでしたから、あちらのアパートもそのままにして、日本に帰国したわけですが、いざお店を開けてみると日々仕事をこなすことに精一杯で、朝起きて、お店に行き、お昼を食べる暇もなく、お店を切り盛りし、疲れはてて家路につき遅い夕食をとり、寝るという生活を4.5年は続けていたでしょうか。休みも取れないので、自然住まいは日本に決まって行きました。結局あれから香港に数回行ったものの、二度と生活をすることなく、日々は過ぎていきました。小さい頃からの夢に外国に住むというのはありましたが、お店をやるなんて項目はありませんから、人は夢に向かって直線に進むわけではなくて、大きな夢を果たすのに必要な体験を積むようにできているように思えてなりません。

さてその後、大変な試練がおとづれました。それは兄の死でした。膵臓ガンに侵され、医者からの通告通り6ヶ月で兄はこの世を去りました。家族全員、ものすごく苦しみ抜いた6ヶ月間でした。兄の死により私は、人間は思ったとおりの人生を体験するようだけれども、それとは別に人生は思ったとおりになることと、ならないこともあると悟った気がしています。それ以前は、思えば人生は必ずすべてそのとおりになると信じ込んでいた私です。しかし、働き盛りの兄の死により、その考えは変わりました。だから今でも人生は変えられることと、変えられないものがあると信じています。

それから人の気持ちを変えることは決してできず、その人の気持ちは本人でなければ変えられないというのも身を持って体験しました。私たち家族は兄に代替療法、漢方ありとあらゆることを試してほしかったし、私は必ずガンは克服できるはずと信じていたのに、兄は最初から医者の言葉を信じ、さまざまな治療法には深いところでは信じていないようでした。結果は兄の思い通りになりました。(もしかして、兄の死は変えられない運命だったのかもしれません)
兄の死、1年後、2002年、私は2軒目のお店を出すことになります。信じられないような話ですが、ほとんど確固たる計画もなく、お店、イスピラーレを作りました。今考えても不思議なのですが、私にとっては高額な物件を悩むことなく借り、内装も整えお店を作りました。その頃、たくさんのシンクロニシティが起こり、私はどこまで自分の力でシンクロを起こせるか試してみたかったのです。物事はスイスイと進み、海外に行けば、必ずといっていいほど、有名なチャネラーかヒーラーに出会い、彼らを日本に招き、お客様に喜んでいただけただけでなく、イスピラーレに海外から来てくれた彼らもそこから有名になっていくのでした。

世界的に有名なモーツアルト療法の第一人者であるドンキャンベル氏ともお知り合いになり、イスピラーレにて講演してもらったこともあります。あの頃、何の経験もない私が次々にイベントをプロデュースできたのは、信じて疑わない意思と何かが私を動かしていたような気がします。そのときは神様のような存在が私という身体を使って、ものごとを動かしていると思ったものですが、その後さらにたくさんのチャネラーさんやサイキックの方々から学んだあとに思うことは、私の深いところにある意識、自分さえ気づかない意識がそうさせていたのだなと思います。それを神と呼ぶのであれば、自分イコール神ともなります。その後、2件目のお店、イスピラーレは留まることを知らず、2008年ぐらいまではどんどんたくさんの方々を呼び込み、発展の道を辿ることになりました。その後、イスピラーレは大変な窮地に追い込まれたりしましたが、崩れたものはまたヴァージョンアップされた形で再構築されていきました。もう駄目だと思ったものの、それは次のステップに上がるために起こるべくして起こった惨事だったのです。

人生は不思議です。

アンビエンテ スウェーデン私が今日こうやって初夏のスウェーデンの森の中の一軒家で暖炉の前に座って、これを書いているのも深い私の意志がそうさせているにちがいありません。そしてこの私が体験しているシーン(森の中のコテージ風のおうちにいること)は実は私のあこがれの夢でした。幼い私が毎回楽しみにしていたNHKのドラマにこんなシーンがあったのです。初夏のさわやかな森で主人公が佇む風景は、今もしっかりと思い出せるほど、私の脳裏に焼き付いています。実現するからこそ、焼き付いたのか、焼き付いたから実現したのかはわかりません。でも憧れていたことが実現するのはしあわせなことです。
北欧の初夏の夜もだんだん暗闇が迫って参りました。また別の機会にお店の続きのお話はさせていただきたいと思いますが、私が書きたかったことは、夢はいつも思いもよらない形で実現していくようだということです。だから上辺の自分の気持ち(自分の気持ちが上辺の気持ちなのか、深いところから来る気持ちなのか知る必要がありますね)に振り回されないで、自分を信じて、人生のコマを進ませたらと思うのです。その途中経過に起きてくる一見悪いことのように思えることも、実は夢を叶えるために起きていることだとしたら、それは悪いできごとにはなりません。自分にうそをつかず、忠実であれば人生は思った通りになるのではないかと思います。しかしながら、同時に思った通りにならないこともあるというのも事実のようです。ならば、夢を思い描いても意味がないというと、それはちがうと思うのです。夢と一言でいいますが、顕在意識で考える夢と、自分の奥深~いところで願う願望は違っていることが多いのではないかと思います。自分の奥深~いところ、つまり魂レベルで想うところの願望はいつしか現実になると私は常に感じます。なんだか複雑に話になってしまいました。でもこれが貴方の生きてきた道や夢を一人静かに想うきっかけになればうれしいです。
窓の外はいよいよ真っ暗となり、時計は夜11時を回りました。明日は、朝早く、ストックホルムに向かうので、もうベットに入ることにします。それではおやすみなさい。

月刊 貴子